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April 13, 2007

筍の土佐煮

Dsc00453昨日、筍をいただいた。一緒に糠も持ってきてくださった。玄米ばかりを扱っているので、いざ糠がほしいと思っても、精米しに行かない限り手に入らないので助かった。さっそく皮をむいて昨日のうちに茹でて、そのまま一晩、水に漬けておいた。今日、それをこんにゃくと一緒に土佐煮にした。初物だ。今年は裏作だそうで、筍を掘ったという話をあまり耳にしない。
ずっと前に働いていた生活クラブの研修施設は竹林に囲まれていたので、筍は特別珍しいものではなかった。この時期になると、毎日のように筍を食べていた。朝、お湯を沸かして、ちょっと掘ってくるかなという感じで、竹林に入り、長靴の底で地面をこすりながら筍の頭を探した。折れずに掘るのは難しかったけれど、木の芽も筍もいつも身近にあった。むいた皮も生ゴミとして出すことはなく、そのまま竹林の中に放っておいた。
台風や雪の後は竹が倒れてしまうので、よくチェンソーを担いで片付けに入った。竹は丈夫でぐんぐん伸びるけれど大風や雪の重みに耐えることはできない。倒れて裂けた竹をそのままにおくのはみっともないので、いつもそれを切って燃やしていた。パチンパチンと竹が燃える時にはぜる音が懐かしい。夏場は草刈に追われていつも草刈機を手放すことができないような場所だった。
4月になると組合員の人たちが筍狩りにやってきた。一度に大勢のお客様のお料理を作って野外で食べられるように準備をした。筍のお味噌汁や天ぷらを作ったらとても喜んでいただけた。今の私が田舎暮らしをしたくて仕方ないのは、当時の仕事を通して、その楽しさを知ったからだと思う。
麦わら帽子をかぶってタオルを首に巻いて、野良仕事をした後、冷たい井戸水で顔を洗って、飲む水の美味しさ。生ゴミを土に返しながら作る料理や畑。周囲の家の明かりは全く入ることなく、雨になれば地面がぬかって、大風の時は笹の葉や木の葉の音しか聞こえない人里離れた場所。一人で暗くなった仕事場に残るのがコワイと思った時もあったけれど、闇には目が慣れるということも知った。
私にとって筍はあの仕事場の思い出と直結する。残念なことに、今、住んでいる場所の近くには自由に筍を掘れるような竹林はない。筍のいただきものがとても貴重に思える。そして毎年、最初に筍を食べる時は、いつもあの当時の自分を思い出す。東京で生まれて都会で育った私に、初めて田舎暮らしの大変さと面白さを教えてくれた仕事だったので、今でも妙に懐かしい。あの場所に戻れることはもうないけれど、いつかまた別の場所で闇を感じる生活をしたい。

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Comments

ビオラさんありがとう。
ビオラさんに美味しいと言っていただけると、作っている料理の奥にある気持ちまで届いているような気がして素直に嬉しいです。どうもありがとうございます。まだまだ未熟ではあるのですが、心をこめてお料理をお作りさせていただけることの喜びと責任をひしひしと感じています。ルッコラと言えば、地味な花ではあるのですが、生命力があって、いつも素顔のままに伸びやかでいるようなイメージがあります。できることならそうありたいなあ・・・と思っていますので、ルッコラ似?になれるようにがんばらなくっちゃ!

Posted by: 風楽 | April 15, 2007 at 06:47 PM

私にも初物筍でした。美味しかった~。それからルッコラとクレソン!春の野菜は特にエネルギーに満ち満ちてるようで、頂いたあと身体の奥からシャン!とするようでした。(えいこさんルッコラ説はいかがです?)
私のような者が申し上げるのはおこがましいのですが、えいこさんのお料理、一段と美味しくなりましたね。以前から勿論ず~っと美味しかったのですが、このところ、なにか一つ突き抜けられたように感じられてなりません。偉そうにゴメンナサイ。

 


Posted by: ビオラ | April 14, 2007 at 11:38 PM

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