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October 30, 2008

おくりびと

Medium1モントリオール世界映画祭でグランプリ受賞した話題の映画「おくりびと」を観た。
「年齢問わず・高給保証・実質労働時間わずか・旅のお手伝い。NKエージェント」―そんな新聞の求人広告を見て面接に行った大悟(本木雅弘)。ようやくオーケストラのチェリストになれたのも束の間、運営が厳しく団は解散することに。途方にくれた大悟は妻と一緒に故郷の山形へ帰り、母の残した家にへ移り住んだ。さっそく広告片手に面接に行ったところ、その仕事はなんと納棺師だった・・・。
嘆き悲しむ遺族の前で、冷静に厳かに遺体を清め、衣装を着せて化粧をほどこし、納棺するまでの一連の行為を、本木雅弘がみごとに演じている。全ての動きに流れがあり美しいのだ。大悟は戸惑い苦しみながらも、死者を見送る納棺師という仕事にいつしか誇りを持って臨むようになっていくのだが、その間、夫の仕事を受け入れられず妻は実家に帰ってしまう。再会した幼馴染みも大悟に仕事を辞めるように耳打ちする。それほどまでに忌み嫌われる仕事なのだろうか。大悟は悩む。本木雅弘の表情はそんな揺れ動く大悟の思いを巧みに表現している。
その後、幼馴染みのお母さんが急死。大悟は彼の前でお母さんの遺体を清め、美しい旅立ちの準備を施す。未亡人だったお母さんと秘かに交流を続けていた男性が、遺体と別れる時に「また会おうのう・・・」と静かにつぶやく。
どの場面も涙なくしては観ることができないけれど、死者を前に途方に暮れている遺族に代わって、一番その人らしいお顔と最期の装束を厳かに施していくことで、悲しみに打ちひしがれていた遺族たちの表情にも変化が表れ、徐々にお別れの時へと気持ちを向けていく。
ともすれば悲しいテーマになりがちなのだが、静かに心を打ち、決して重いだけの映画には仕上がっていないのが、この作品のすごいところだと思う。観ながら母を見送った時のことを思い出した。連絡があった時にはすでにこと切れていて、私が実家に着いた時、すでに母は棺おけの中に横たわっていた。悲しみを感じるユトリもなかった。どこか他人事のような気がずっとしていた。
私が初めて泣いたのは火葬場で母が焼かれる煙を見た時だ。死者との別れは悲しく辛いものではあるのだけれど、遺されたものは、その死を通して、これからどう生きていけばいいのかをいやでも考えさせられる。あの時、母は私に生きるとはどういうことかと身を持って教えてくれたのだと今でも思っている。そしてその命は私の中に確実に継がれていった。死は生と表裏一体のもので、どう死ぬかということはどう生きるかということと同じだ。
納棺師は大変な仕事だが、死者と遺された者とをつなげ、この世とあの世をつなげてくれる尊い仕事だ。そういう職業があったことさえ、この映画を観るまで知らなかったが、すごく心に染み入る作品だった。全編を通して流れるチェロの美しいメロディが今も心に残っている。
(C)2008映画「おくりびと」製作委員会

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ぶぶぶ

Posted by: テイスティ | November 01, 2008 at 09:28 AM

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