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February 26, 2009

梅一輪

Dscf3731朝、お店が始る前に成田流通センターへ買い物に行ってきた。早朝しかオープンしていないのだが、お弁当箱や包材など業務用の商品はやはり市場で買うに限る。帰りに駐車場に車を止めて、店に戻ろうとしたら、駐車場の敷地内に建っているお宅の梅の木の枝が折れていた。まだ折れて間もないらしく梅の花はしっかり咲いていた。このまま置いておいても花は枯れるだけだ。
とにかくいつも店内に生花があるのが好きだから、いつも店には花を絶やしたくない。これだけ大ぶりの梅の枝を飾れたら、素敵だろうなあと思った瞬間、荷物を片手に持ち替えて、梅の枝を拾って持って帰ることにした。
ところが数メーターとは言え、ボキンと折れた長い梅の枝を持って歩いているうちに、これは私が折ったと思われるかなと不安になってきた。
この際、梅の枝は店内に飾らずに、店の外に生けることにしよう。いくらなんでも自分で折った枝だったら、人目のつく店先なんかに飾れっこないもの。迷ったのも束の間、傘たてを兼ねている入り口の壷の中にさしたら、私の背よりもずっと高い梅の枝がなんとも優雅に美しく店先に彩りを添えてくれた。
種子島に帰っているヒデコからお母さんが亡くなったというメールが来た。「軽い脳梗塞で入院したから顔を見に行ってくるね」と言っていたのに、まさかそれが最期の別れになってしまうなんて・・・。末っ子で母ちゃんが大好きだったヒデコ。小さい頃、雨の日が待ち遠しかったと話していた。どうしてと聞いたら、「雨の日は母ちゃんが畑に出なくていいから、ずっと家で一緒にいられるでしょ?」。
ヒデコの体の中には種子島で培った自然がしっかりと根付いている。私と同じ年なのに、ヒデコの子供時代と言えば、なたねを栽培して油を絞ったり、山羊の乳を搾ったり、薪でご飯を炊いたり、田植えや稲刈りをしたり、芋を掘ったり・・・農作業の思い出話ばかりだ。その脇にはきっといつでも働き者の母ちゃんがいたんだろうなあと話を聞きながら、行ったことのない種子島の情景を思い浮かべていた。
ヒデコは母ちゃんっ子だったから、今の気持ちを思うとこちらまで泣けてくる。年を重ねるということは、何人も何人も大切な人たちを見送るということ。その思い出の中で私たちは生かされている。
本を全く読まないヒデコがちょっと前に「悼む人」を買って読み始めたそうだ。きっと読み終わるのに1年くらいかかるよ・・・なんて笑ってたけど、ヒデコはきっと誰よりも深くお母様のことを悼み、見送ることができるのだろうなあと思う。
「ずっとお会いしたいと思って、結局、叶いませんでしたが、いつもお母さんが送ってくれた安納芋や新米、角まき、ピーナッツ豆腐、タンカンなどいつもみんなで美味しくいただきました。お母さんの娘であるヒデコちゃんは種子島の風土の中で本当に力強く明るく元気に育って、みんなに愛され、今、私の店のこともとても助けてくれています。お母さんがそんなふうにヒデコちゃんを育ててくれたからだと思います。どうもありがとうございました。ずっと働きづめでお忙しかったことと思いますが、これからはのんびりしてくださいね。そしてヒデコちゃんの幸せをずっと見守っていてください」

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