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June 07, 2009

セレンディピティ

Dsc09427最近、よくセレンディピティについて考える。セレンディピティとは思わぬ幸運にめぐり合うことと言う意味で、言わば神さまからの贈り物のようなもの。250年前にイギリスで生まれた造語らしいが、今では科学者たちの間でも頻繁に使われる言葉になっているらしい。
前から知っていた言葉なのだが、最近、そのことを意識する出来事がいくつか重なったので、改めセレンディピティを意識するようになった。そして最近読んだ作者の違う2冊の本の中で、偶然にもにもそれぞれの著者がセレンディピティについて供述していたので驚いた。
そのうちの一冊は脳科学者の茂木健一郎氏の著作。セレンディピティを活かすための方法はまず「行動」し、出会いに「気付き」、人生においてそれが意味することを「理解」し、それをありのままに「受容」することだと書かれていた。何はともあれまずやってみることが全てにおいて最も大切なことで、目的など後から見つければ良いのだと言う。そしてどうしても行動したくない時は待つ。それによって何かが起る。ただこの場合の待つという行為はあくまでも自発的に選んだ待ちの姿勢という意味だ。待っている時間こそが自分の内なる声に耳を澄まし、何かを引き起こすことを可能にしていく。
もう一冊は遺伝子研究では世界の第一人者筑波大学名誉教授である村上和雄氏の著作。
セレンディピティを呼ぶ条件の第一は素直で注意深い目、第二はむだを尊ぶ心(粘り強さ)、第三は失敗からも何かを見出し、つかみ取る力だと書いている。
たとえばインフルエンザの予防薬タミフルは、試薬を保管していたドライボックスの密閉がゆるんで、そこから湿気が入ったことが予想外の触媒効果を生んで合成されたとか、そもそも科学の研究結果には偶然が伴う場合が多い。たった一度の偶然がもう一度、訪れてくれるとは限らないし、また何年やってもその偶然に遭遇しない場合もあるし、たとえ偶然が起っても気がつかずに見逃してしまう場合だってある・・・何とも不確実な隙間だらけの世界がそこにあるのだ。結局、起こりうる現象というものは、それをとらえる人の感性によってチャンスにもなるし、ただ日常の一コマとして通り過ぎてしまうこともあるということだ。
スーザン・オズボーンが店に来てくれた時、「魂が宇宙ときちんとつながっている人にはシンクロニティが次々に起る」と話してくれた。私もそう思う。今までそれら全てをシンクロニティ(共時性)だと思ってきたのだが、どうやら幸せなシンクロのことをセレンディピティと呼ぶようだ。
精神世界に傾倒しているとそういうことには入って行きやすいのだが、日本を代表する最先端の頭脳を持つ科学者たちが、何人も同じようなことを述べているのを読むと、本当に私たちの生きるこの世の中には人知を超えた大いなる者の存在・・・サムシンググレートがあるのだと思う。

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