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November 18, 2010

100万回生きたねこ

絵本作家の佐野洋子さんが乳がんで亡くなった。「100万回生きたねこ」は大好きな絵本だ。子どもたちにも読み聞かせをしたのだが、何度読んでも最後に愛するネコが死んでしまいトラねこが大泣きするページになると読んでいる私も一緒になって泣いてしまった。
独特の技法で素敵な絵本を数々描いてきた人だ。「だってだってのばあさん」「わたしのぼうし」「おじさんのかさ」「おぼえていろよおおきな木」。みんな子どもたちが大好きな絵本だった。100万回生きて100万回死ぬ・・・をずっと繰り返してきたトラねこが、愛する白猫の死を悲しみ、最後は後を追うように死に、ついに生き返らなかったという物語。1977年の初版以降、発行部数は170万部を超え大人からも子どもからも愛されている。
晩年は乳がんになったことを告白したエッセイ「役にたたない日々」や「神も仏もありませぬ」、母のことを回想した「シズコさん」などシニカルでコミカルに自身の老いの心境を綴っていた。特に「シズコさん」の中では呆けて何もわからなくなってしまった母のベッドにもぐりこみ「お母さん大好き」とずっと言いたかったセリフを始めて口にすることができたと書いてあった。愛されたいと思いながら大きくなって、ようやくお母さんを独占できて、自分の気持ちを伝えられた時、母はもう娘のことがわからなくなっていた・・・。そんな切ない気持ちを淡々と語れるのは自分を諦観する距離を持っているからなのだろう。
今日はあいりん堂さんのお弁当の配達があった。40個を一人で作り配達から帰るや否や定食の準備。子育て時代を一緒に過ごした友達が食事に来てくれたのだ。気のおけない仲間なので、私も一緒にお昼を食べながら茶の間で話す。
あの時は自主保育や親子劇場の活動を一緒にしながら、私は自宅で家庭文庫もやっていたので、子どもたちにはたくさんの絵本を読んだ。当時の話題の中心はいつも子どもたちだったけれど、久しぶりに集まったら子どもたちよりも話題は親のことばかり。それぞれがもう親を見送っている。
佐野洋子同様、生きている間には母親との葛藤がかなりあって、亡くなってからの方が距離がかえって近くなったような気がすると話した友人がいた。その気持ちは私もよくわかる。死によって浄化されていく様々な心の重石たち・・・そんなことをしみじみ話したかと思ったら、昔の懐かしい話題で大笑いしたり・・・ワイワイガヤガヤと話はあちこちに飛びまくった。
うちの子どもたちは当時、いつも裸ん坊でかなりのいたずらっ子だったので、みんなの中にはいつまでもそのままのイメージが残っているようだ。「もうみんな独立して一人暮らしをしているんだよ」と話したら驚いていた。
そして、子どもたちが大きくなり、懐かしい月日が過ぎていったことを痛感した。それぞれのメンバーとは1年に一回くらい会うこともあるのだが、みんなで集まれることはあまりない。ふり返るとあの頃って、大変だったけれど、本当に楽しかったんだなと思う。2度と戻らないかけがえのない時間だ。あの時間をもう取り戻すことができないけれど、大好きだった絵本を開けば、心はいつでもあの頃に戻れる。
Dsc08016


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