« 縁側の住人 | Main | 近くの紅葉 »

November 28, 2010

食後の一筆

生活クラブ生協の機関紙「生活と自治」の中に魚柄仁之助のコラムが載っている。その中にどうしても使えない「食語」について書かれていた。
「ラーメンでも喰うか」この「でも」が言えない。「食べる」であって「喰う」は使えない。「とりあえず・・・でいいか」どちらもダメ。とりあえずで注文したら失礼な気がする。ちなみに「喰う」はけものが「喰らう」であって(地方の方言の「喰う」は別)、生命維持のための行為ですが、「食べる」はあさましくなく食べられるように調理した食品を楽しんで摂取する行為と考えています。
昭和30年代の九州。リヤカーで魚を売り歩くおばさんの姿が魚柄さんの食の原体験になっているとか。
魚屋の引き売りのおばさんの一日の利益は100円(今の千円)、売れ残りのおかずに夕食を食べる時、戦争で死んだ父ちゃんの位牌に手を合わせ「今日もごはんが食べられるとよ。父ちゃんありがたかあお客さんばいね」と、これがおばさんの食語でした。無神経な食語は人を傷つけもするが、自分自身をさもしくもしてしまうようです。
とても印象に残るコラムだった。ちなみに私の「食語」は何かと考えてみた。厨房にいる時だけは絶対に使うまいと決めている言葉がある。それは「面倒くさい」。
「私は面倒くさいと思うことが好きではありません」・・・これは私の尊敬する「森のイスキア」の佐藤初女さんの言葉だ。生活における瑣末な出来事は別にしても(本当はそれさえもそう思うことがなければもっといいのだが)、お客さまのためにお作りする料理を面倒くさいと思ってしまったらお終いだ。開店時間までに料理は仕上げなくてはいけないので、もちろん時間との兼ね合いはあるけれど、いつも作り手として手間ひま惜しまないという心がけを持つことはとても大切だと思う。
でも単に時間をかければいいというのではなく、いつも気持ちを作ることに集中させて、それをサッとやれる手さばきと流れを積み上げていくこと。だから私はいつもどこから始めたらいいのか、何と何とを組み合わせたらいいか、どうやったら美味しくいただけるか・・・と考え素材と向き合いながら手を動かしている。その工程が私はとても好きだ。面倒くさいと思いながら作った料理はやはりそれだけの味になる。
今日もいいお天気だった。各地の行楽地は紅葉狩りの人出でさぞにぎわったことだろう。今年の紅葉もいよいよ見納め。一番遅いと言われている房総の紅葉も今がピーク。そのせいか今日は日曜日というのに久しぶりにのんびりとした一日となった。紅葉の素敵な場所はたくさんあるけれど、写真は店の入口の真正面、目の前に見える紅葉。
Dsc08044


|

« 縁側の住人 | Main | 近くの紅葉 »

Comments

ハセガワさんありがとう。
お久しぶりです。生活クラブに入っていらっしゃるから「生活と自治」はお読みになっていますよね?
私は魚柄仁之助さんけっこう好きなんですよ!彼のエッセイを読んでいると料理がとても簡単に思えてきます。
男性も料理の面白さを知って、もっと食生活を楽しめたらいいのになあと思います。

Posted by: 風楽 | November 29, 2010 at 08:44 PM

ご無沙汰しております。風楽のごはんが恋しいと思いつつなかなか行く機会がなく残念な今日この頃です。
素材と向き合い集中させて料理されている、そしてなによりその過程がお好きなエイコさんの料理だからこそ風楽のごはんはおいしいのだなとあらためて感じました。同じ食の仕事をしていて反省させられ、考えさせられました。また時間を見つけて食べにいきます。

Posted by: ハセガワ | November 29, 2010 at 07:38 PM

Post a comment



(Not displayed with comment.)


Comments are moderated, and will not appear on this weblog until the author has approved them.



TrackBack

TrackBack URL for this entry:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/78167/50156990

Listed below are links to weblogs that reference 食後の一筆:

« 縁側の住人 | Main | 近くの紅葉 »