朱花の月
父の介護施設に行きがてら、渋谷のユーロスペースで上映が始まったばかりの河瀬直美監督の「朱花の月」を観てきた。今年のカンヌ映画祭のコンペティション部門に招待された作品だ。2007年のカンヌ映画祭では「殯(もがり)の森」でグランプリを受賞したので、今回もまた期待が集まっていたが残念ながら受賞にはならなかった。私は前から河瀬監督の感性が好きで素晴らしいなと思っているので、今回の作品も上映されるのをとても楽しみにしていた。
映画は我が国の始まりの地と呼ばれる奈良県の飛鳥地方が舞台となっている。河瀬監督の描く土地の表情はとにかく美しい。匂い立つような草いきれ、そしていつもそこから風の音が聞こえてくる。登場人物たちの心象風景がそのまま自然の姿と重なっていく。
言葉を抑え、状況を必要以上に語らず映像で訴えていく手法は河瀬監督ならでは。
朱花と書いて「はねづ」と読む。河瀬監督の作品のタイトルには美しい古語が使われることが多い。故郷や風土、そしてそこで生まれ育ち、延々と続く命の連鎖というものを大切にしている人なのだと思う。
朱花というのは万葉集に登場する赤い色の花。赤は血や炎、太陽などをイメージするが、一方でもっとも褪せやすい色でもある。主人公の加夜子は染色家。映画は満月から始まる。茜で煮だした染液に加夜子が布を浸している。すでにここで淡い朱の色が、徐々に濃い朱に変わっていき、これから始まる悲劇を象徴しているかのようだ。
編集者の恋人と暮らしながらかつての同級生の木工作家とも愛し合うようになる加夜子。彼女が妊娠したことから穏やかだった日常が変化していく。
「香具山は 畝傍を惜しと 耳梨と 相争ひき 神代より かくにあるなし 古も 然にあれこそ うつせみも 妻を 争ふらしき」という万葉集の句が何度も作品の中で詠まれる。今も神々の宿ると信仰されている大和三山を、古代の人もまた眺め月を愛でていた。この大和三山を男と女にたとえ一人の女を二人の男が奪い合うという今も昔も変わらない愛の物語がテーマだ。
谷津田に広がる棚田や流れる川の水音。虫のなき声や雨音。満月。その中で続く淡々とした生活の営み。全ての自然が美しく、飛鳥という土地の魅力が時空を超えて静かに伝わってくる。河瀬監督ならではの感性だ。
ただどうなんだろう。ストーリイに大きな動きがなく、言葉を抑えながら登場人物の葛藤を伝えようとしているのだが、それが本当に描き切れていたのかどうか・・・。映像としては確かに美しいのだが、ある意味時間が止まってしまっているので、人によってはそこから先の世界に入っていけないかもしれない。
特に愛や裏切り、哀しみ、切なさ、情念・・・そういう感情は描いても描いても描ききれないところがあるので、いい作品ではあったけれど、どこか消化不良感をぬぐえない。でもそれが同時に余韻にもなっていくから不思議だ。
最後に「名もなき無数の魂に捧ぐ」というテロップで締めくくられているのだが、河瀬監督の思いはずっとそこにあるのだなと思う。
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Comments
ふなばしさんありがとう。
確か天河に行った時も偶然、天河のイベント見つけて下さったんですよね。
私は行けそうにありませんが、高野山までこちらに来ちゃうんですね(笑)。
なんだかあちこちで行きたい所や行った所が宣伝されているので、ますます神社仏閣巡りをする人たちが増えそうですね。でも私は人のいない神社仏閣にいきたいと思っているので、あんまり宣伝しないで~、行きたい人だけが行けばいいのに・・・なんて秘かに思っているのですが(笑)。
Posted by: 風楽 | September 08, 2011 10:18 PM
ご存知かも・・・? 東京駅前 新丸ビル内でこんなイベントやってましたぁ! 偶然見つけ行ってきました!
http://www.marunouchi-house.com/
Posted by: ふなばし | September 07, 2011 09:24 PM