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February 19, 2012

雨水の時季

朝起きたら部屋の中は麹の匂いでいっぱい。さて今日はどんな甘酒ができたかな・・・保温ジャーの中をのぞいて最初のひとくちを味わう瞬間、毎回わくわくする。赤米と玄米の甘酒、今日はちょっと酸味が出てしまったようだ。でも稗の甘酒と合わせたらまろやかになった。
今日は二十四節気の2番にあたる雨水。降るものが雪から雨になり・・・そろそろ寒さがゆるんで春の兆しが見え始める。それに合わせて畑仕事の準備にも取りかかる時季だ。
明るい陽射しが降り注ぎ、昨日一昨日の雪もすっかり溶けた。でも一部、例外もあり。家の正面の坂を下りた突き当りの道路は日があたらないためガリガリに凍結したままだ。節気に従いもう雪は降らないでほしいのだが・・。
立春から始まる新しい暦に合わせるかのように、2月は私たちの身体のバランスもリセットされる時期。寒さに縮こまっていた冬の身体が、骨盤のゆるみと共に一気に脱力し、こもっていたエネルギーが体内から体表へと流れ出る。
自然に近い場所に身をおいていると、季節ごとに変化していく自分の体のリズムに対してとても敏感になっていく。特に暑さ寒さをダイレクトに体感しているので、体の変化も激しい。冷えはどうしても避けて通ることができないけれど、体が冷えた分だけ、それをケアしようという意識も強くなる。
片山洋次郎さんの本を読んでいたら、いつも思っていることがとてもわかりやすい言葉で書いてあった。野口整体の思想を取り入れながら独自の整体をやっていらっしゃる方だ。
「情報の激流の中では知的判断は無力化され、自分の居場所さえ見失いやすくなっています。しかし、自分の究極の居場所は自分の身体です。居心地のいい身体が知的判断の基礎です。もし、身体に根ざさない知的な判断のみに頼って生きるなら、私たちはいつしか情報の渦に巻き込まれ、元気をどんどん失っていくでしょう。
自分を活かし思いきり生きるには、知的な判断と同時に、身体的な感性に基づいた判断が欠かせないのです。知的な判断と身体的な判断が融合したところに、真の意味で能動的に生きるための個々の術があるのではないでしょうか」
身体的な判断というのは私にとって、体感覚、原始感覚、動物的感覚、本能、ある意味での臭覚・・・と同じものだ。そういうものを置いてきぼりにして生きていきたくないなと思う。
仕事が終わる頃、西側の縁側に差し込んでくる光の美しさにいつもハッとさせられる。光と影のコントラスト。影がどんどん広がって、やがて暖色系の光に座敷が包まれていく。そんな移ろいを見ていられるのはとてもいい時間だ。
今日はビオンの方も古民家も忙しかった。ビオンでランチを食べて古民家でお茶というハシゴをして下さる方もいらっしゃった。
古民家サイトのトップのお知らせページから、ガーデンビオン風楽の暫定的なサイトへ、直接飛べるようにしていただいた。新しいサイトがリニューアルするまでの間、これでビオンの情報もお知らせすることができそうだ。
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