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April 19, 2012

なみだふるはな

石牟礼道子藤原新也の対談「なみだふるはな」を読んだ。震災後、被災地を歩いてきた藤原新也。1950年代から発病した我が国最初の公害病である水俣病。50年数年を経て、福島と水俣という東西にわたる二つの地が過度な繁栄を求める企業の無秩序な倫理によって奇しくも繋がってしまった。問題の根っこはここでも同じ。企業と国家のエゴが正しい情報を隠ぺいし、普通の人たちがその地で生きていくという当たり前の暮らしを奪ってしまった。今後の影響たるやどれほどのものになるのかわからない。そしていつ終わるとも知れない不安が次世代にまで及んでいく。
苦海浄土」を描き、水俣の人たちの声を代弁し語り続けている石牟礼道子。水俣病を発症した人たちと今も共に生きている氏は、かつて平和で豊かだった故郷に咲く野の花や海辺の風景、母から言われたこと、動物たちとの触れ合いなど懐かしい思い出を淡々と語る。
もはや統制できないものを作り出してしまった人間は滅びても仕方がないのではないかと絶望感を抱く藤原新也。それに対し石牟礼道子は水俣で犠牲になった人たちの悲しみに寄り添いながら、なお大地に根を下ろし、愛するかの地で生き、そして死んでいくという覚悟のようなものが感じられる。だからこの人の目を通して見てきたものは浄化され、苦しみの中からいくつもの神話が生まれていくのだろう。体は病に蝕まれていても、その言葉は巫女のように優しい。
石牟礼道子と交流のあった一人の患者さんの一言が忘れられない。
「道子さん、私は全部許すことにしました。チッソも許す。私たちを散々卑しめた人たちも許す。恨んでばっかりおれば苦しゅうてならん。毎日うなじのあたりにキリで差し込むような痛みのあっとばい。痙攣も来るとばい。毎日そういう体で人を恨んでばかりおれば、苦しみは募るばっかり。親からも、人を恨むなといわれて、全部許すことにした。親子代々この病ばわずろうて、助かる道はなかごたるばってん。許すことで心が軽うなった。病まん人の分まで、うち背負うてゆく。全部背負うてゆく。
知らんちゅうことがいちばんの罪ばい。人を憎めば憎んだ分だけ苦しかもんなあ。許す思うたら気の軽ろうなった。人を恨めばわが身もきつかろうが。自分が変わらんことには人は変わらんと父にいわれよったがやっとわかってきた。うちは家族全部、水俣病にかかっとる。漁師じゃもんで」
「こうおっしゃったのは杉本栄子さんという方ですが、亡くなってしまわれました。彼女が最後におっしゃったひとことは、『ほんとうをいえば、わたしはまだ、生きとろうござる』というお言葉でした」
震災の直後、石牟礼道子は「花を奉る」という詩を書いた。
花は何 ひとそれぞれの 涙のしずくに洗われて 咲きいずるなり
花やまた何 亡き人を偲ぶよすがを深さんとするに
声に出せぬ胸底の思いあり
(中略)
現世はいよいよ 地獄とやいわん
虚無とやいわん
ただ滅亡の世せまるを待つのみか
ここにおいて われらなお
地上にひらく一輪の花の力を念じて 合掌す
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