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January 03, 2013

私は男女平等を憲法に書いた〜シロタ・ゴードンさん死去〜

太平洋戦争後、GHQの一員として日本国憲法の草案作成に関わり、男女平等に関する条項を起案したベアテ・シロタ・ゴードンさんが亡くなった。ユダヤ人のピアニストである父が東京音楽学校の教鞭をとることになり、1929年に来日。日本で10年間暮らした。
2.26事件にも遭遇するなど、日本の軍国主義を間近で見ながら、同時に日本の女性の置かれている立場がよくわかっていたのだろう。GHQの民間職員となり、憲法草案では通訳として関わりながら、法の下での男女平等を起案。だが当時22歳だった若い自分が関わったことが問題視されることをおそれ、90年代になるまでそのことは伏せていた。
90年代になってからはようやく平和や人権についての発言をするようになり、それを機に「私は男女平等を憲法に書いた」というドキュメンタリー映画が制作された。
あの頃、私自身も女性センターなどによく足を運び、この映画を見て感銘を受け、ベアテさんが来日した時は講演も聞きに行った。平和への関心がとても強く、信念を持って活動されている素敵な方だな講演を聞きながら思った。憲法24条でうたわれている男女平等。まだまだ日本女性の社会進出は厳しく政治の世界でも活躍している女性の数は少ない。だが、アメリカ人の若い女性があの時、日本女性の権利を起案しなければ、今頃、女性たちはどんな状況に置かれていただろう?
憲法九条は世界に誇れる素晴らしいものだ。ベアテさんは最後まで改憲の動きを懸念し、平和と人権を訴え続けてきた。故人への献花の代わりに九条の会へ寄付をと呼びかけている。
ベアテさんが亡くなったことことを伝える新聞記事を読みながら、ベアテさんが89年の人生を通して残してくれた宝物を私たちは決して忘れてはならないと思った。

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*写真はバンコクスワンナプームの空港で見た朝焼け


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