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February 22, 2013

ヘッセ「シッダールタ」

高校生の頃、ヘッセが好きだった。「車輪の下」から始まり、「春の嵐」「湖畔のアトリエ」「知と愛」「郷愁」「デミアン」・・・次々にヘッセの世界に惹かれていった。大人になってからは晩年のエッセイをいくつか読んだくらいで、しばらく遠ざかっていた。今回、久しぶりにヘッセと再会し、その深い言葉に触れ、感動と共に静かな余韻に浸っている。
シッダールタ」(草思社)を初めて読んだ。最初、タイトルから仏陀の生涯の物語かと思った。でも同じ名前を持つ一人のインドの青年が真理(真我)を求めて彷徨い、一切を愛し受け容れ悟りの境地に至るまでの過程が描かれた物語だ。それはヘッセ自らの宗教体験の告白でもあり、その魂の成長とも重なり合うものだと思う。

ヘッセがこれを書いたのは1922年。第一次世界大戦に異を唱えていたヘッセはナチスから裏切り者とされ、国内では紙の割当も禁止されていたそうだ。苦悩の中、スイスに渡り執筆。精神を病む中、妻子と別れユングに出会ったとされる。
プロテスタントの宣教師の父に育てられ、思うように生きられなかったことから自殺も試みた。仕事も長く続かなかった。感受性が鋭かった故に生きづらさを内包していた。そんなヘッセが晩年、精神的な安定を求め、傾聴や東洋思想、瞑想の中に安らぎを見出そうとしたのは自然な流れなのだろう。

シッダールタは高貴なバラモンの子として成長するが、父の教えだけにとどまらず、より大変な苦行を強いる沙門に自ら入る。全てを捨て瞑想による心の安定をはかるが自我が捨てきれない。その後、仏陀とも出会うが、悟りを開いた時に心に起こったことを言葉や教えには決してできないのではないかと疑問を投げかけ、自分は別の道を歩こうとする。
やがて娼婦との暮らしに溺れ、お金儲けのためビジネスで頭角を表し、世俗的な生活へどっぷりと浸かる。しかしその後、また全てを捨てて川のほとりに辿り着く。
深く傾聴できる舟渡しの老人ヴァーステデーヴァと出会い、シッダールタは川のほとりで暮らしながら、目の前を流れる川に耳をすまして聴くようになる。ユングを彷彿させるかのようなこの成熟した老人ヴァーステデーヴァとヘッセの分身でもあるシッダールタとのやりとりが私はとても好きだ。
川は全てを受け容れ、ただただそこにある。過去への執着や未来への希望ではなく、時間を超越した「今」そのものとして・・・。

最後に幼なじみであり親友であり今は仏陀の弟子の高僧となったゴーヴィンダと川で再会する。ゴーヴィンダは高僧になってもまだ迷い続けている。そんな友に語りかけるシッダールタの言葉がまたとても素晴らしいのだ。

「目標を求めて追うあまり、あなたの目の前にある多くのものが見えない」
「知識を伝えることはできるけれど、叡智は伝えることができない。それを見いだすことはできるし、それを生きることはできる。それに支えられることはできる。それによって奇跡を行うことはできる。けれどそれを言葉にして人に教えることはできないのだ」
「あらゆる真理は、その正反対も同様に真理である」
「世界そのものは、私たちのまわりと私たちの心の中に存在するものは、決して一面的なものではない」
「時は実在しない。時間が実在しないとするならば現世と永遠、苦悩と歓喜、悪と善とのあいだにあるように見える隔たりもまた一つの迷いに過ぎないのだ」
「私にとって大事なことはただ一つ、それは世界を愛することができること、世界を軽蔑しないこと、世界と自分自身を憎まないこと、世界と自分、そしてあらゆる存在を、愛と感嘆と畏敬の心を持ってみることができることだ」

どの言葉もヘッセが葛藤しながら悟りの境地に近づき、自らつかみ取ったものなのだと思う。あまりにも深い言葉がそこに並んでいて、何度も何度も読み返してしまった。
文章は読みやすく平易な言葉で綴られているけれど、これは寓話の形をかりた一つの哲学書だと思う。真理とは何か、魂の求道とは何か、改めて考えさせられる素晴らしい本だなと思った。
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