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October 11, 2013

さようなら鳥山敏子先生

「賢治の学校」を設立された鳥山敏子さんが、10月7日に亡くなられた。訃報を聞いた時、鳥肌がたった。私が人生でとても影響を受けた方の一人だ。最後のお別れをしたくて、迷うことなく、今日、賢治の学校で行われた鳥山敏子先生の旅立ちの会に行ってきた。
鳥山さんの著作「いのちに触れる」は私の座右の書。肉食とは?生きるとは?命とは?食べるとは?・・・その根本を考えさせられた一冊だ。
20年近く前になるが、その著者に会いたくて鳥山さんの講演会を友達4人で企画した。公立の小学校教育に限界を感じて退職し、自主学校を作るべく鳥山さんが全国で講演やワークショップを行っていた頃だ。それに合わせて「どんな大きな空よりももっと大きなものがある〜みんなが孫悟空〜」の上映会も行った。
ものすごい衝撃を受けた。こんなに真剣に生き、時代を読み取りながら、未来の担い手である子供たちのことを考える教師がいることに驚いた。私は吸い寄せられるように鳥山さんが行うワークショップに参加するようになり「賢治の学校」設立に向けてできることをやりたいと思った。津村喬さん、野村奈央さん、中野民夫さんなどたくさんの方たちにお会いさせていただいた。
鳥山さんから教えていただいた一番大きなことは「自分の足で立つ」ということだ。できないことの理由を社会や誰かのせいにしている人に対して鳥山さんは容赦なかった。「じゃ、あなたはどうなの?何をしてきたの?」といつも問題の本質はその人の生き方にあるのではないかと、突きつけてきた。
同時に傷ついてきた人、悲しみを背負って生きてきた人に対して、深い愛を注いでいた。
体の原始感覚を取り戻すことの大切さや、「思いを馳せる」ということの深い意味も教えていただいた。
離婚後、フルタイムで仕事に専念したので、鳥山さんの所へは中々行けなくなってしまったが、むしろそれは時間的なことよりも、単にあの激しいエネルギーに巻き込まれて自分を見失ってしまいそうな恐怖を感じたからかもしれない。
やがて鳥山さんは全国の支援者たちとつながり、94年に宮沢賢治の理念を元に「賢治の学校」を設立。そしてより可能性を広げる教育を学ぶべく自ら62歳の時にドイツのシュタイナー学校に一年間留学。今では宮沢賢治の理念とシュタイナー教育を融合させた学校をNPO「東京賢治シュタイナー学校」と命名。多くの子供たちに生きた授業の実践を行っている。
つい1週間前には72歳の誕生会を賢治の学校で行い、7日の朝まで教室で授業をしていたという。旅立ちの会では娘の雅代さんが母であり同僚である鳥山敏子の思い出を堂々と語って下さった。型破りでいつも心の中からわき上がってくる衝動に突き動かされるような人生だったが、安心して言いたいことが言え、信頼できる人だったと語られていた。
シュタイナー教育の伝道者子安美知子さんからの追悼のご挨拶もあった。
鳥山さんが直前まで授業を行っていた3年生の教室も見せていただいた。いろんな教材が並び、見覚えのある鳥山さんの懐かしい字があちこちにあった。
思い出を語る鳥山さんの教え子や友達の言葉を聞きながら、私は何度も何度も涙を流した。誰もが型破りでエネルギッキュな鳥山さんの生き方に振り回されながらも、心の赴くままに生きる素直でのびやかな生命力に脱帽し、やってきたことの実績を評価し、深い信頼と親愛の念を抱いていた。
私自身も鳥山さんから教えていただいたことが、今の自分の生き方の根底に流れているのだなと改めて思った。
お別れは寂しいし、一つの時代が終わってしまったような喪失感はあるけれど、鳥山さんの撒いた種はそんな喪失感などに押しつぶされるようなヤワなものではない。確実に芽を出し、伸びていく強い強い種なのだ。

鳥山さんありがとうございました。あなたに出会えたことは私の人生の誇りです。これからも自分の足で立ち、自分の言葉を持ち、自分の人生をしっかりと歩んでいきたいと思っています。どうぞ天国でも次なる構想に着手して行って下さいね。今度、再会する時はあなたの前でも決してひるまず、自分の意見をきちんと言える私でいたいと思っています。心からの愛を本当にありがとうございました。

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Comments

horishu |さんありがとうございます。
FBでもEIKO KAWABATAでページを作っています。よろしければお友達になって下さいね。鳥山さんのことは昨年、とても驚きショックでした。でもそのおかげで15年以上、音信不通だった友人と再会でき、互いの成長の軌跡を確認できる時間を持つことができました。いろいろな足跡を残していって下さった方です。その教えを今に生かしこれからも歩んでいけたらと思っています。

Posted by: 風楽 | January 01, 2014 at 04:40 PM

2014年が明け、ふと鳥山さんのことが浮かんできました。ご生前、本当に大きなものを頂いておきながら、きちんとお別れできないままでした。御ブログでお別れの会の様子を知ることができ、とても有難いです。Facebookで鳥山さんのことに触れる際、リンクさせていただきます。

Posted by: horishu | January 01, 2014 at 04:50 AM

tsuge hideo さんありがとうございます。私も鳥山さんにはとても影響を受けました。彼女の真剣に子供と向き合う姿、教育に対する姿勢、いつも尊敬していました。とても自分にはできないなと思いながら・・・。
今回、訃報を知り、お別れの会に行ってきましたが、鳥山さんの娘さんの雅代さんが母親の意思を受けついでいるのを感じ、やはり鳥山さんは素晴らしい子育てをしてきた方なのだなと思いました。
賢治の学校に関心のある方とははとても親近感を感じます。もう子育ても終わり、これからは孫育ての年代に入りましたが、鳥山さんに教えていただいたことを残りの人生の中で噛み締めながら生きていけたらと思っています。

Posted by: 風楽 | November 12, 2013 at 08:47 PM

はじめましてこんにちは、私は昔竹内演劇研究所で1年間研修していたものです、今日ネットで鳥山さんの事を知りとてもショック、たまたま貴女のサイトに載っていたものですからつい投稿しました。鳥山さんには彼女の生き様、豚とか鶏とかを食べる事とかに始まり今のシュタイナーの学校作りとかとてもまねできないことをやっていて凄いなーと思っていました、ご冥福を祈ります。 竹内さんのドキュメントが作られているみたいなのて、私は長野の青木村なのですが竹内ファンの私としては上映(みてみたい)したいなと思いました、。どこかで出会いたら
よろしくお願いします。

Posted by: tsuge hideo | November 12, 2013 at 06:56 PM

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